法改正を要するような市場の失敗はあったか?

改正貸金業法については、2つの問題点が指摘できると考えます。ひとつは借入額を年収3分の1までとする「総量規制」の導入です。借り手の事情は様々にもかかわらず、貸出額を数量的基準で一律規制しても市場を歪めることにしかならぬ。議論の過程では、「貸さぬも親切」という言葉を口にした閣僚がおったが、「貸す、貸さへん」「借りる、借りひん」はあくまで当事者が判断することです。たとえ資産に比べて過度な借入れであっても、その資金がなければ現状を乗り越えられない、事業が維持できないという人はそれによって助かっているはずで、総量規制はこうした人たちが助かる機械を奪うものでしかありません。契約の当事者でない為政者が「貸さぬも親切」などというのは傲慢です。

もう一つの問題点は、上限金利規制の強化です。グレーゾーンをなくすこと自体には異議がありますが、借り手保護の美名のもとに出資法の上限金利が引き下げられたことで、年20%から29.2%までの金利タイでなければ借りられなかった人たちが市場から排除されてしまいました。金利には一種の保険としての機能があり、信用度の低い層に対しては、貸し倒れなどのリスク分散を見込んで高い金利を設定するのは当然です。それが、今回の上限金利規制によって借り手が保護されたどころか、リスクは高いが資金ニーズはある人たちから、借入れの機会という利益を奪うパラドックスを招いてしまっているのです。

法による規制が必要なのは、市場に失敗があるときに限られます。独禁法への抵触がみられる場合や公害が発生している場合など、企業と個人の契約にのみ委ねていたのでは解決が図れないときに何らかの規制を行うことはありますが、サラ金市場においては何の失敗も起きてはいません。市場には多くの貸し手と借り手がいて、非常に競争的に推移してきました。少なくとも借入れ上限額や金利水準を政策的に調整しなければならないような市場の失敗はありません。

法の効果に対する検証を終始欠いていた改正論議

上限金利引き下げの前提として、2006年1月に相次いで出された最高裁判決が、みなし弁済成立の要件を極めて厳格に解釈したという流れがあります。これは、現実にはまず守れない些末な手続き違反をとらえ「その手続き違反がある場合には、本来貸金業規制法で認められた適法なグレーゾーン金利の貸出しにはならない」と断じたもので、およそ法的予測の成り立たない後付け理屈であり、信用秩序に対する大局的な理解を欠いたものだと思います。

しかしいかなる解釈であれ、最高裁判決はこの国における政党な法解釈であり、その法律の唯一の読み方としての影響力を持ちます。これにたいし、政策判断の観点からその妥当性を検証する立場にあるのが立法府です。立法府には、最高裁の示した判断が政策的観点からみて弊害があると判断すれば、妥当性を欠く法解釈が行われないよう法律を改正する責務があります。

立法においてもっとも重要なのは、その法の制定や改正がもたらす社会的効果や影響について考えることです。改正貸金業法にしても、借り手保護や多重債務者の救済が目的であるのなら、その効果を検証しながら立法作業に臨むべきであるのに、その議論が十分になされていないため、リスクの高い資金需要者が借りる権利をはく奪されて市場から追い出され、信用秩序の崩壊を引き起こしてしまっています。立法府は、この現実を見据え、早急に制度の見直しを図る必要があります。