前向きな余裕資金ニーズに与信

私が消費者金融の世界に入ったのは1968年(昭和43年)、株式会社Rの創業者H・Tとの出会いがきっかけだった。Hの父は石炭の事業で一時はかなり成功していたが、代替エネルギーに主役の座を奪われたことで事業に失敗。親が借金に苦しむ姿を見て、"自分は人を活かす金貸し"になると決意したときいた。しかしこの当時、裸一貫からまとまった原資を作る方法はそうはなく、浜田は自衛隊に入隊。強い意志と才覚を発揮し、収入のすべてを預金して4年間で300万円の資金を貯めたと聞いた。休日や休憩時間は金融経済に関する書籍を読むことに没頭し、独学で庶民のための金融哲学を培った。除隊後は東京の金融業者で実務を学んだ末、25歳で大阪の曾根崎新地にRの前身となる株式会社を設立します。64年(昭和39年)のことだった。

高度経済成長期に入り、人々の生活は豊かになりつつあったが、サラリーマンが欲しいものを買い、仕事上の付き合いをするのに十分な小遣いを捻出するだけの余裕はない。しかし銀行には消費のための資金を庶民に貸すという発想はなく、浜田は当時、「サラリーマンに一番活力があるのに、彼らがお金を借りるところがないのはおかしい。自分はサラリーマンに活力を持たせる金貸しになるために事業を伸ばす」と話していた。日本経済を支える大多数のサラリーマンが、個人として金融支援を受けられない現実に対し、浜田は消費者金融業を公的な産業として育成したいと考えていた。"モーレツ社員"という言葉が流行り、働けば働くほど収入が増えていく右肩上がりの時代。人々が仕事にも娯楽にも貪欲になり、未来を先取りするために当座必要な資金を簡単な手続きで借りられるサラリーマン金融は、紛れもなく時代のニーズそのものでもあった。

初期の消費者金融の成り立ちについては諸説あるところですが、ひとつが「団地金融」といわれるものだ。高度経済成長が始まり、大都市近郊にたくさんの団地が建設されはじめた60年ごろに東京と神戸で相次いで始まったビジネスで、お客は団地に住む上場企業のサラリーマンやその妻たち。当時は団地に住むことそのものがステータスで、入居の申込なには所得の証明が必要だった。金融業者にすれば、一定の返済能力を証明されたも同然というわけだ。61年(昭和36年)に証券取引所に市場第二部が設けられ、上場会社の数が増えると金融業者の数はさらに増加。Hが会社を設立した60年代半ばごろには、東京に約200店舗、大阪には約80店舗ほどの同業者があったようだ。

曾根崎新地は、夜の歓楽街というだけでなく、近隣には大手企業、中でも新聞社や広告代理店、地方放送局の支局などが集中しており、Hは彼らに向けて"現金出前します"というDM配布を開始した。お客さまから電話が入ると、"現金の救急車"と称する真っ赤に塗った90ccのバイクにまたがり、お客の指定の場所まで現金をお届けするのだ。

この時期、同業他社はお客さまの勤め先の安定性を何よりも重視し、大企業の社員や公務員に貸出しを絞り込んでいた。これに対し、Hのお客さまは8割がマスコミ関係者。Hはよく「マスコミ関係者はサイドビジネスで原稿を書けば臨時収入が入る」と話していた。マスコミ関係者は仕事関連の飲食や接待費の立替えも多いかわり、副収入が期待できるため総じて返済能力が高いというわけだ。またHは、「明日の米を買う金は絶対に貸すな」とも言っていたものだ。日々の食料は日歩20銭〜30銭もの金を借りて買うものではなく、「あくまで生活の余裕資金のニーズに対してお貸ししろ」という意味で、サラリーマンが前向きな目的のために使うお金を貸すという姿勢はとにかく徹底していた。

簡便性・迅速性に対していただく金利

このように黎明期の消費者金融は、成長する日本経済を支える大きな活力であったサラリーマンがどこからも短期・小日のお金を借りることができなかった時代にあって、無担保・無保証、簡単な審査で使途自由の現金を即座にご用立てするという実に画期的なサービスとして登場したものだ。Hの創業当時、1回のご融資額は平均1万5000円程度、貸出上限金利は年利109 ・5%でしたが、お客からの人気は上々だった。なぜなら、私たちは簡便・迅速という大きな顧客満足を提供していたからだ。

私たちも少しでもお客さまの待ち時間を短縮するため、業務フローにさまざまな工夫をこらし、お客が申込書に記入しておられるのと並行してバックオフィスで審査業務を進め、書類の記入が終わるころには審査が終わっているほどの迅速性を実現していた。当時はどの業者もこうした手作りの努力を重ねることで、お客からの支持を得ていた。私は、消費者金融の本当の価値は「時間をお金で買う」という点にこそあると思っている。ちょうど新幹線の運賃がローカル線より高いかわり、目的地まで短時間で運んでくれるのと同じように、消費者金融は審査からご融資までの迅速性に対して高い金利を頂戴している。まさに「time is money」 という言葉に、消費者金融というビジネスの特性が端的に表現されている。

どんな人にも急な物入りは必ず起こる。そのときに、特急料金を払ってでもいますぐまとまった資金を手にしたいと考える方には、消費者金融の利用価値がおわかりいただけるはずだ。言い換えれば、これはお客の価値観の問題。旅行者が旅の目的や日程、予算などによって新幹線とローカル線を自由に使い分ければよいのと同様、資金需要を満たす手段においても幅広い選択肢が用意されるようになったことが、消費者金融誕生の最大の意義ではなかったかと思う。